故郷会津は遥か遠く   こばやしぺれこ


「もしもし、あたしだけど。スマホ失くしちゃった。迎えに来て」
 三年ぶりに妹からきた電話は、公衆電話から掛けられていた。

 夢を叶えるため東京へ行った妹。彼女は地元に残り家業を継いだ俺を「夢が無い」となじった。
 夢が無いわけではない。俺は、親父から受け継いだものを後世に伝えるのが夢だったのだ。妹には、それが古臭い価値観に見えたのだろう。

 東京の端にある小さな駅。それでも俺にとっては大きく見える駅前の、公衆電話の傍らに妹は居た。
「よす」
 しゃがみこんだまま小さく手を掲げる妹は、少し頬骨が目立つようになっていた。
 バイクのエンジン音は早朝の空気を低く震わせる。駅前に人の姿は無い。ただ放置された自転車だけが、何かの墓標のように群れを成している。俺はエンジンを切ることはせず、スタンドを立てる。
「夢は叶ったか?」
「ダメだった」
 俺の差し出した手を取り、妹は立ち上がる。よっこいしょ、という掛け声付きで。
「スマホも財布も手帳もなんもかんも、どっか行っちゃった」
 妹の声は明るい。どこか晴れ晴れとしているようにも聞こえる。
「上着だって燃えちゃったし」
 妹の肩に掛けられた上着、第十三竜兵師団のワッペンの下に縫われた名前は、妹のものではない。
「機龍は」
「頼みの綱の六機龍も墜とされた。軽装歩兵が殿になってるけど、時間の問題だよ」
 ふー、とため息。前線からここまで、歩いて来たのだろうか。
「上は首都を仙台に移すつもり。前線は幕張まで後退することになる」
 そうか、と俺は答える。幕張が何県にあるのかもわかっていないが、とりあえず東京よりは福島に近いだろう。
 シート下の収納から引っ張り出したヘルメットを手渡す。
「でもそれ以上は後退させない。――故郷を、最前線に晒すわけにはいかない」
 ヘルメットの下、妹の目は静かに澄んでいる。煤と埃に塗れてなお、妹は夢を諦めていない。
「とにかく、今は東京を出よう。……一度親父に顔見せに行くか」
「ううん。幕張の基地で下ろして。私が帰るのは、平和になってからって決めてるから」
 頑固なところは昔から変わらない。
「しかし機龍が全部墜とされたとなると、俺の仕事も忙しくなりそうだ」
「よかったじゃない。儲かって」
「儲かんねぇよ。国からの仕事は」
 スタンドを跳ね上げる。後部に妹の重みを感じながら、走り出す。

 ごおん、という重く響く音が聞こえる。エンジン音にもかき消されない轟音。
 それは空を覆い尽くす鱗の身体を持つ、龍の鳴き声だ。十数年前、世界のあちこちに現れた怪物。
 戦いは、未だ世界で行われている。





こばやしぺれこ
作家になりたいインコ好き。いろいろ画策中。

気がついたらはちゃめちゃに話が壮大になっているのって面白いよなー
という試みです。